小さな喪失の連なり
仕方なく嫌な出来事が重なり、
少しネガティブな感情の中にいる。
怒りや苛立ちはすぐに立ち消えたが、
悲しみは持続する。
悲しみは喪失の感情である。
失ったものが大きければ大きいほど強く長く悲しむ。
裏切られることに疲れるならば初めから信頼しなければよいのだろう。
だが、信頼のない関係は面白みもなく、どこか孤独を感じさせる。
まずは相手の良心に期待して関わるようにしている。
期待するということは相手の変化を望むということに近いのかもしれないとも思う。
馬を水辺に連れて行くことはできても飲ませることはできないというが、
連れて行かなければ変わることもない。
いや、他者を変えようとすること自体が傲慢なのだろうか。
3分以上、同じことを反芻していたらその思考にはあまり建設的な意義はない。
ひとつ嫌なことがあると、
他の嫌のことにもよく気がついてしまう。
やや被害的になっているのかもしれない。
人間関係で悩んでいる人の体験は、こういったものなのだろうか。
自分は人間関係て悩んでいないとまでは思わないが、
久しく強い悲しみは味わっていなかったので、
なんだか対処法が分からず戸惑う。
そうたいしたことはないのだけれど、
すぐには割り切れないことは生きていたらたまにある。
もし自分がクライエントならどんな言葉をかけてほしいか考える。
こういうとき慰めではなく、
ただ理解がほしいかもしれない。
悲しみを分かること。
せめてそのことを自分の臨床につなげ、今後はもう少し大事にしてみようと思ったところで、
筆を置く。
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