いまは、いま
好きを言語化する技術という本において文芸評論家の三宅香帆さんが、
言語化とは細分化のことだと述べていました。
確かに「なんとなく」では相手に伝わらないし、形として残らないということはありますね。
特に研究に関する文章を書いていると、
いかに相手に細かく説明できるかということを意識せざるを得ません。
しかし日常の体験は、なんでもかんでも言語化すればよいというものではないような気もしていて、言葉にならないものをあえて細分化せずにそのままにしておくこともまた、
なんだか心地よいようなときがあります。
思えば言語化するということと同じくらい、
言語化しないことも私は大切にしてきたような気がします。
例えばそれは歌詞の意味も知らない洋楽であったり、
現実感のないジブリ映画や、多く語られない北野映画であったり。
先日、ユニクロでPERFECT DAYSのTシャツが売っていて思わず買いました。
チョイスが渋いですねー、ユニクロ。
PERFECT DAYSは、まだ息子が生まれる前に妻と一緒に劇場へ観に行った映画です。
見終わったときは、もう終わりかー、なんだったんだろうこれ。と感じたものですが、
配信で何度か見返すうちに段々その世界が愛おしくなってきました。
その世界、と言いつつ、この世界と地続きであるように感じられて、それがこの作品の素晴らしさの一つかもしれません。
「こんどはこんど、いまはいま」というセリフがあります。
セリフが非常に少ない作品なので、よく印象に残っています。
これもこのセリフがどういう意味だとかすぐに言語化するのが勿体ないですね。
たぶんそんなに意味ないし。でもその無意味さに無性にこちらが意味を感じさせられるシーンとも言える。
それまでの主人公の挙動とか、環境とか生活史とか、
その場の流れ、雰囲気。そういうもの全て含めて、
「こんどは、こんど」で、「いまは、いま」。
とっても、Beingモードを感じます。
こういう映画こそ、細分化せずに味わい続けたい作品ですね。
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