無意識について考える夏

とある経緯から、

深層心理学や精神分析的心理療法について学ぶ機会が多い今年の夏でした。


結局私は「悩む」とか「葛藤する」ということについてずっと考えてきた割には、

フロイトやユングの唱えてきた「無意識」の存在については割と無視してきてしまっていたのかもしません。それこそ何か無意識にある感情が働いていたのでしょうか。

本当は「悩める」ことや「悩めない」ということには絶対に意識/無意識という領域や働きが関係しているのですが、

精神分析に対して難しい印象を持ちすぎてあまりしっかりと勉強してきませんでした。

かといって他の学派、例えば認知行動療法やブリーフセラピーについてがっつりと修行してきたというわけでもなく、何がオリエンテーションかと問われると困ります。

なんでも興味を持ってしまうので、ついつまみ食いのように少し勉強しては飽きて…を繰り返してしまうようなところがあります。よい側面もあるのでしょうが。


話を戻すと、無意識とはつまり意識できない領域ですので、

目には見えないし、言葉にすらできないものがそこにはあるということです。

悩めないということの背景には意識化できない、意識化したくない、意識化したら困るということがあるのだろうと思います。

ここでどのような防衛機制が働いているのかというのも精神分析を学ぶことで分かっていくと思います。ので、もう少し進めて勉強しようかと思っています。

きっと自分の研究にもつながると思います。


研究と称して博多と大分県日田市へ行ってきました。

旅先だとコミュニケーション能力が爆発するので、

出会った人と色々話して刺激を受けました。

0コメント

  • 1000 / 1000