分からない心でも
ちょっと詩的に書いてみるから、
適当に読んでいただければと思う。
「言葉でならなんとでも言えるからね」と、
とある人に言われたことがあった。
暗に心理療法を無価値に捉えられたように感じた。
周りに人の集まる、いわゆる人気のある人だった。
情熱のある、はっきり言って患者との境界の甘い人に見えた。
その人と話すのは苦手だったけれど、どこかその人望が羨ましくもあった。
自分のなかにもあるはずの熱い部分が刺激された。
時々、自分が心理支援で何をしているのか分からなくなる。
正解はないと頭で分かっている一方で、
不正解を踏んでいないか不安になる。
私の言葉はクライエントを傷つけていないだろうか。
見立てと介入は的外れでないだろうか。
そもそも見立てを十分に概念化できていないまま、
ここまできてしまっているのではないだろうか。
心理士は必ずしも世間的な意味合いでの「優しい」人種ではない。
もちろん常識的で親切な人も少なくない。
自分ももしかしたら一定数からは、そのように見てもらえているかもしれない。
しかし、少なくとも自認では、私はあまり他者に優しくはないと思う。
優しさとは何かをここに書くつもりもなく、書ける自信もないけれど、
とにかくそう思う。私は私の好きな人にしか世話を焼きたくはならない。
そして、そのことにさほど罪の意識はない。
一方で私は仕事としての心理臨床家であることにプライドを持ち始めているから、
ある程度の熱を持って各事例に向き合いたいとも思っている。
見立ては他職種、何より本人と共有できるものである必要がある。
そのためには言葉にして、記録に書かなければならなかったり、
会議で発言をしなければならない。
ここに既に知性化が働いていて、意識せざるとも、
対象者を概念にあてはめようとする自分がいる。
時には医師でもないのに、診断名を借りたくもなる。
白紙のままでいるよりは、その方が支援が楽で速いのだ。
というより、心というものの捉えどころのなさ、
無限性、人生という謎を解き明かさないままそこに留まり続けることは苦しい。
言葉は時に答えのようなものに成ってくれる。
書くということが純粋に好きだからこそ、
マイペースであるがこのようにブログが続いてきた側面もある。
でもきっと私は言葉の世界にとらわれている部分もあると、
ふとフリーズしてしまうことがある。
極論、言葉にすることに何の意味があるのだろうかという考えすら湧く。
振り返れば自分がいきいきとしていたのは、
サッカーボールやバスケットボールを友達と追いかけていたり絵を描いていたり、
平成のロックバンドの間奏を繰り返し耳に流し込んでいたり、
洋画の曖昧なラストシーンを観終わって高揚していたときではなかったか。
身体のレベルで夢中を経ると、そのとき私の鬱屈は解決していた。
言葉のやり取りには限界がある。
私の心を切り取ってここに表現することにも限界がある。
それでも誰かと通じていたいから、共有可能な言葉に頼って生きている。
生きていく。でも本当に通じ合えると感じるときは、
言葉以前の情緒が動いていた。
心理臨床家である私はいつもは優しくない。
むしろ涼しく事態を見ている時間のほうが長い。
でも様々な出会いがあるし、面接の中では様々な出来事が起きるから、
臨床、つまり人と共に過ごすことは、
たまに非常に“エモい”瞬間を生み出すのだ。
涼しげな顔ではいられなくなる。
その時に私の中に生まれるのは優しさでなく熱といったほうが適切な気がする。
心は見えないからと、見立てから逃げるのは簡単だ。
しかし見えないから分からないと言ってしまえばそこで検討は終わってしまう。
相手の心が分からないことばかりでも、
情熱と理性の両方を使って事例の中に身を置いていたい。
この両立に葛藤があるけれど、
その葛藤を私とあなたでこう生きてきましたといつか言いたい。
自分の心が分からないことばかりでも、
奥底にある消えない火には気づいていたい。
事例は偶発的に私の前に舞い込んでくる。
それがまるで薪を焚べるように、
私を心理臨床家として存命させている。
セラピストである私の心が動いた面接の後に見えた月が美しい色をしていた。
という文章が浮かんだ今週の水曜日だった。
もう少し詩的なモードで、仕事をしてみてもいいかもしれないと思ったのだった。
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