本と人

ビョーテキに、本が片付けられない。

読み終わっていないのにテーブルに積み重ねていき、

減っていかないのに買い足していく。

でもどの本がどこにあるかは実は把握している。


大きな書店が好きである。同じくらい、小さな書店も好きである。

私は本の中身が好きというよりは、

人が文を編むという文化、思考や感情を世界に残すという文化が好きであって、

あえて大袈裟に言えば、本が積み重なっていることが愛らしい。

もちろん時間があれば読みたいと思ってそこに置いているのだが、

そこにあるということそのものが大事なのだろうと思う。


仕事柄、わざわざ買う本は専門書が多くなっている。

一般書でも、どこかで自分の仕事や生き方に繋がればいいという欲求があって手元に置いている感じがある。

マンガはそこまで考えず、割と純粋に娯楽として見ていると思うが。


これまでの人生で複数のアルバイトをしたことがあるが、

中でも大学生のときに大型書店で働いた経験は今でも貴重に思っている。

大型書店だったので開店時間中は常に忙しかったし、

サービスカウンターという部署にいたので、

やや対応に困難さを感じるお客さんとの出会いも印象に残っている。

大変だったからこそバイト仲間と苦楽を共にしたことも良い想い出で、

夜のシフトは学生ばかりだったということもあり、

私にとっては仕事であると同時に青春という場であった。


いま何をしていいか分からない人は、

とりあえず大型書店に行ってみてほしい。あるいは働いてみてほしい。

...というのはさすがに押しつけがましい言い方だが、

そのように今書きたくなるのは、私にとって書店という場所が、

一種の癒やしの空間になってきたからであろう。

書店に行けば自分に合う本が必ず見つかるとかそういうことが言いたいわけではなく、

むしろ私が感じてきて、好いてきたのは、

いわば世界に囲まれるような感覚なのだと思う。

宇宙のことを考えれば自分の悩みなんてちっぽけだと思えるとよく言われるが、

まぁそんな感じが大型書店にもある。

自分以外にこんなにも人が考えてきたことがあるのかと圧倒されるのだ。

私の頭のキャパシティはそんなに大きくないし、結局のところ好き嫌いは激しいから、

いちいち本を手に取るわけではないのだけど、

ひとまず本という文化が街の中にあることを確認したいだけ。


確認するだけで良いのか?と思われるかもしれない。

良いのである。

一つの物事について考えまくっている誰かが、

過去や現在に確かに居るということ、それが分かれば書店に行く目的は達成である。

いや、買えよ。はい、たまには買います。


書店は私たちの本棚の延長にあるとも言えるかもしれない。

実は小さな書店は小さな書店で、そこにも宇宙がある。

書店員にはこだわりがある。仕入れの数には意味がある。

面を揃えることには美学が垣間見える。

それらには暗に、本が誰かに届きますようにという配慮が含まれている。

結局のところ、本というものは大きな意味で人と人とをつなぐ道のようなものだと思う。


私には多くの本を同時並行的に読む適性もなければ、

理解力やキャパシティもさほどない。

そもそも人生には無限に時間があるわけではないから、

私が選ばなかった本は他の誰かが読んでくれてたらいいなと思うことにして、

私は私に届いた本をなるべく丁寧に味わおうと最近は思っている。

積み重ねてしまい、下の方にいる本たちよ、すまない。

そこに居るのは分かっている。

そこに居てくれるだけで、既に私は世界と繋がる安心を買えている。

『本なら売るほど』という漫画、非常に素敵です。


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