私と双極性障害③~セカンドオピニオンを受けた男の一事例~

これまで双極性障害とは何か、

それの持つスティグマの影響からの逃避、
ということについて書いてきました。

今回は、
私がセカンドオピニオンを受けた体験について語ってみようと思います。

「本当に双極性障害なのか知りたい」
この思いから、私はセカンドオピニオンを受けることにしました。

セカンドオピニオンとは、患者さんが自分の疾患や治療についてもう一度考えるため、
現在治療を受けている主治医とは別の医師に第2の意見をもらうことです。


正確に言うと、私は、セカンドオピニオンを受けたいという気持ちよりも、
「光トポグラフィー検査」という検査を受けることが大きな関心であり目的でした。

光トポグラフィー検査は安全な近赤外光で頭部の血流を測定して、健常、うつ病、双極性障害(躁うつ病)、統合失調症のパターンをそれぞれ判別する厚生労働省認可の検査です。
うつ病は長くにわたって、医師の問診のみで診断されてきました。しかし、近年の研究の結果により、脳の病気であるうつ病も数値で診断することができるようになってきました。
現在、光トポグラフィー検査が脳の状態を数値で表す唯一の方法になります。
当院では、検査前の問診と検査結果から総合的に診断します。

(新宿ストレスクリニックHPより引用)

光トポグラフィー検査とは、
簡単に言えば、脳の血流量を測ることによって、そのパターンを見るものです。

私は大学院に入ってからこの検査の存在を知りました。
今まで見えなかったものを見える化したこの検査は、画期的なものであると思います。
昔から、体温計と同じように心の苦しみを計るような道具があればいいのにと思ってきた私には、とても魅力的な検査に見えました。

※本当にそんな道具が出来てしまったら極論を言えばアセスメントはロボットでも出来るということになっていきそうで、
こころを見える化するという科学的な方向性については慎重な議論が必要だと思っています。とても大きなテーマだと考えているので、また別の機会に論じてみたいと思います。


検査そのものを魅力的には思っていましたが、
実際どんな結果がでるかは半信半疑でした。
自分は双極性障害のパターンが出るのか、それとも健常なパターンが出るのではないか、
どちらの考えにもそれほど偏ることなく、(というより膨らむ思考を少しだけ規制して、)
ニュートラルな状態で名古屋にあるクリニックに検査を申し込みました。
寛解期の私は割と現実的かつ客観的になることができ(た、たぶん)、
そのような状態で受けに行ったことは今から思うと良かったと思います。


申し込みから数日後、
双極性障害とは関係のない本を読みながら、
名古屋駅まで電車に揺られ、
そのクリニックへついたのは、
16時より少し前でした。

心理士による丁寧な問診の後、
光トポグラフィー検査を受けました。
クリニック自体の雰囲気が良かったこともあってか、思ったより緊張することもなく、検査に臨むことができました。

具体的にお話しすることは避けますが、
どのような検査かというと、
頭部に血流量を測るための帽子のような装置をつけ、ある簡単な課題に取り組みます。
その課題をやる前の血流量、課題をやっている間の血流量、課題を終えた後の血流量をグラフ化し、その波形パターンを見ていくものです。
全体として10分程度しかかからなかったように思います。患者さんにとってそれほど負担の大きい検査とは思いません。
また、多くの質問紙タイプの自己記入式検査とは異なり、意図的に結果を操作しようとすることは不可能に近いと思われました。


その後、医師の診察にて、
結果が知らされました。

まず問診の結果から、
客観的にみて双極性障害の可能性があるということを言われました。
それは、
・抗うつ剤の効果が薄いこと
・うつ病に比べて発症年齢が若いこと
・親族に双極性障害がいること
このような双極性障害の特徴のうち上の二つが少なくともあてはまっているということを含んで説明されました。

ちなみに親族に同じ疾患者がいることは私は確認しきれませんので、分かりませんが、知る限りではいません。
双極性障害は他の疾患に比べ遺伝的要因が強いと言われています。
世の中には父親以外は全員が双極性障害の家族もいると聞いたことがあります。

もちろん多くの疾患というのは遺伝的な要素と環境的な要素が重なり合っているもので、

気分障害においても必ずしも親から遺伝するものではありません。

反対に、双極性障害のいない家系だからといって双極性障害を発症しないともいえません。

家族や親戚に双極性障害の人がいないということをもって、その人は双極性障害にはならないとは言えないのです。また、誰かが発症したときに「誰の遺伝なのか」と「犯人さがし」をするのは、もちろん百害あって一利なしです。

(引用:水島広子『対人関係療法でなおす双極性障害』創元社.p.32)

双極性障害のリスク遺伝子や病前性格については、

分かってきていることもあれば、まだ分からないことも多いようで、
私自身、ゲノム研究や脳科学の文献を読むための素地が出来ていないため、現時点であまり深く調べることができていません。

話が脱線しましたが、

その後、
「実際光トポグラフィー検査の結果を見てみると...」と言いながら、医師は結果の用紙を私に見せました。
(画像は金沢医科大学病院のホームページから拝借しました。http://www.kanazawa-med.ac.jp/~hospital/2013/02/-11.html)

上図は光トポグラフィー検査で血流量を計った際に、正常・うつ病・双極性障害・統合失調症のそれぞれに特徴的に現れる波形パターンを示したものです。

私の結果としては、
課題を始めた後にはすぐに血流量があがらず、徐々にあがっていき、
課題終了時にピークを迎え、徐々にまた落ちていく、山形の波形が出ました。

それは、双極性障害のパターンと一致していました。

「今までの病歴と今回の検査結果と、総合的に見て、私はセカンドオピニオンとして双極性障害と診断します」

医師からは、単刀直入に、そう告げられました。


私は、すぐには言葉が出ませんでした。
そして、数秒後、
「これは躁状態でも、寛解期でも、同じ結果になるんですか?」と質問すると、
「そうです」とその医師は答えました。

「.....すごい検査ですね。」
苦笑いを伴いながら、その言葉が口を衝いて出ました。

ニュートラルな気持ちで臨んでいたので、
「やっぱり」とも「嘘だ」とも思わず、
ただ静かに驚きました。
“感心”に近い感情だったと思います。


その後、躁や軽躁のリスク、
この疾患と付き合いながら適応的に働けている人も大勢いることを説明されました。
こちらからは薬のことを質問したりして、
診察を終えました。
医師が途中、
「心理士になるんでしょ。
じゃあコントロールしていかなきゃね。」
とフレンドリーな口調で言ってくれたことが印象に残っています。


クリニックを出たのは、17時30分頃でした。

少し、高揚していました。

長年付き合ってきたこの身体のてっぺんに踏ん反り返ってる“脳”とかいうヤツと、

正体不明の“こころ”とかいうヤツ。

そいつを知りたくて、ずっと会いたかった、

その永遠のようにさえ思えた己との闘いの年月の重みとは裏腹に、

あっさりと“答え”を提出してきたこの1時間半の軽さと冷徹さが、可笑しく感じました。

雲がかる、頂上の見えない山を登っていたら急に視界が開け、

気がついたらそこはもう頂上だったというような、

十分に疲労し、そこに辿り着くのを心の底から願っていたはずなのに、

案外と持て余した気力と、その場所から見えるその景色を想像もしていなかった準備不足によって、

私の身体は、その山頂の地に足をつけた実感を持てずにいました。


名古屋から電車で家に帰る前に、
どうしても独りでウイスキーが飲みたくなり、
バーを探して名古屋駅周辺を歩き回りました。
歩きながら、色んなことが頭を巡りましたが、
寛解期にある私は、その頭の中の動きに翻弄されない冷静さを持っていました。
その上で、少しだけ酔っ払いたい気分でした。

適当に入ったジャズバーで、
好きなバーボンを注文し、煙草を2本ほど吸って気持ちを落ち着かせた後、
もう一度、検査結果の紙を手に取り、
しばらくのあいだその山型の線形を眺めました。


店内に流れる洒落たジャズも聴こえないその夜の、
甘辛いバーボンの味と胸の内の静寂を、
私は多分忘れることはないと思います。





それから数日後、
私は1年間視界の外に追いやっていた双極性障害に関する本を視界に入れられるようになりました。
そんなタイミングで、『双極性障害 第2版』という新書が発売されました。
すぐにAmazonで取り寄せ、夢中のうちに読了しました。
その本からは、双極性障害について最新の知識を得ることができました。
双極性障害について得られる知識や治療法・対処法が、実際に自分に役立つという事実が、自分が本当にその病であることの傍証のようにも感じられました。

そして現在、
自分の睡眠時間を記録するようになったり、
気分や行動の変化に気づく練習をする習慣がつきはじめています。

セカンドオピニオンを受けたのは、
今から一ヶ月前のことです。


もし同じような悩みを抱えている人がこの記事を読んだとき、
光トポグラフィー検査を受けてみたいと思う人もいるだろうということは想像に難しくありません。

私自身、自分の脳の働き方がどうなっているか、その数値を目で見るという体験はかなりショッキングかつエキサイティングなもので、
その衝撃の大きさが、
今回は良い方向に働いたのだと思っています。


ただし、
光トポグラフィー検査はまだ十分なエビデンスが積み重なっていないという意見もあります。
例えば、前頭葉の血流量を測っているとされていても、実際には頭皮の血流量まで測られてしまっているということも指摘されます。
日本うつ病学会は、
光トポグラフィー検査のみで診断するのは危険との警鐘を鳴らしていますし、
実際に医師の診断との一致度は80%程度といわれ、決して完全なものではないことも知って欲しいです。
一方で経験ある医師の診断こそがいつも正しいとも言えませんが。
世界的には光トポグラフィー検査を認める流れにはなく、
あくまで日本において補助診断として活用されはじめている段階にあることはここに書いておかなければなりません。


そのことを知った上で、
かつニュートラルな気持ちでその結果と向き合えそうなとき、
受けてみることは良いでしょう。
私は光トポグラフィー検査に感心しましたが、結果を盲信しないようにもしたいです。
その結果をどう認識していくかは、
今後の自分にかかっています。
ただ、「自分が分からない」という状態に再び陥りかけてたのが、「たぶんそうなんだろうな」という意識に変わってきたことは、
現在の安定した服薬に繋がっていると思っています。
だから私はセカンドオピニオンを受けて良かったと思います。
薬を飲むことの意味をもう一度考えることができました。


患者が積極的に治療方針の決定に参加し、
その決定に従って治療を受けることを、
アドヒアランスと言います。

不本意に薬を飲むことと、自分の意志で薬を飲むことの違いは、
大きな差を生み出しかねません。

インフォームドコンセントやコンプライアンスという概念は前からありますが、
最近ではこのアドヒアランスを確認しながら治療を進めることの意義が語られるようになってきました。

精神障害だけでなく他の疾患の治療においても、非常に重要な視点だといえるでしょう。

私はこの記事でセカンドオピニオンや光トポグラフィー検査が良いとか悪いとかの主張をするつもりはありませんが、

今自分の治療に納得がいっていないところがある方、
主治医との信頼関係がうまくいかなくなった方、
主治医との関係が悪いわけではないけれど他の視点を求めている方は、
選択肢の一つとして考えてみてもよいのかもしれません。



そういったわけで、
私はひとまず双極性障害を受け容れられるようになったと前々回の記事で書いたわけです。
とはいえ、
この後の人生で、きっと私はいつかまたこのセカンドオピニオンに対しても不信感を抱くときがくるのだと思っています。
あるいは、またこの結果に頼って納得するときもあるでしょう。
やっぱりこころは見えないのですから。
100パーセント正しいこと、信じられることなんて世の中には多くありません。
大切なのは、悩みや不安が現れたとき、その都度自分の中に上手におさめていくことではないでしょうか。
人より波の大きな人生だからこそ、
バランス感覚を鍛える必要があるし、
鍛えられたバランス感覚は良い意味でその人のアイデンティティにも成り得る。と、私は考えます。


最後に書き加えたいのは、
双極性障害はⅠ型よりⅡ型の方が軽い障害だと思われがちですが、
Ⅱ型は周りから見ても症状なのか性格なのか分かりにくく、行動面も周りが困るか困らないか微妙なラインの方も含まれるので、
本人も周りも病であると気づきにくいということがあるのだと思われます。
しかし実際には人生の中で多くの時間をうつ状態で過ごしてきて、苦しみがあるのにも関わらずその正体が分からないという、
不確かさの中で生きてきた方々ともいえるのではないでしょうか。
I型とは躁のレベルが違うということではありますが、一概にどちらが大変ということも言えないかと思います。
治療としてはⅡ型はⅠ型に準ずる形になりますので、私はⅠ型の方々にも共感できるところもありますが、簡単には共感できない面もきっとあります。
というのが正直なところです。


双極性障害の治療の理想は、
うつや躁や軽躁の発症を一回でおさえ、
その後予防していくことです。
私の今の目標です。
それには薬だけでなく、適度なセルフモニタリング、時には周りの助言が要るでしょう。

大切な友人と家族へ
特別な配慮はいりませんが、
もし私の異変に気づいたら、教えてください。きっと自分では気づけないこともあります。
すまんね。そしていつもありがとう。
 

ひとまず今回はこのあたりで書き止めておきたいと思います。
赤裸々に、かつ、語弊のないような表現に努めたつもりです。
あくまで私の個人的体験に基づいて書かれていますので、
双極性障害とはこういうものだと断言できるものでは決してありません。

パーソナリティ障害と呼ばれるものや物質依存などが併存している方も少なくないと聞きます。

「双極性障害」と一口に言っても、患者によって病態は様々で、

そして病とどのように付き合っていくか、

病気とは関係のないところにきっとある、

<その人らしさ>も当然様々です。

今回の記事は双極性障害を患った28歳男性の一事例、に過ぎませんが、

読者に何か伝わるものがあれば、

そして周りに病を持った人がいる人、患者さん自身が病を理解するための一助になれば、
書いた意味はあったかなと思えます。


三つの記事に分かれることになるとは想像していませんでしたが、
最後まで読んでくださってありがとうございました。


【参考サイト・参考文献】

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